「この社名はどういう意味ですか?」「社名の由来はなんですか?」
よく聞かれますので、自社ホームページに書くことにしました。
社名のつけ方ですが、社長の名前から取っています。社長は「磯部」と言いまして、これを英語に直して、「seaside」。当時の検索エンジンで「シーサイド」で探してみると、結構こういう社名の会社があったので、なにか単一になる社名にしようと思い、「ワン」をつけました。「one」には、1つめ、一番という意味でつけたつもりだったのですが、屋号の屋という意味もあることを知り、『磯部屋』を『シーサイドワン』と表現することにしました。
シーサイドワンの社長は、磯部屋の旦那、ということです。
どうして「磯部」を英語に直して社名につけようと思い立ったのかというと、以前、担当していたお客様の会社で、やはり社長さんの苗字を英語に直してそのまま社名にしていた会社がありました。そこの社員の方に、「この社名のつけ方、どう思います?」と尋ねたところ、「ええんちゃう。気にいってるで」という返事が返ってきたので、そうかそういうのもありか、と記憶に残っており、それがきっかけで社名をつけました。
なにをやってる会社か?
会社名の意味と同じくよく聞かれることに、
「何をやってる会社ですかぁ?」ってのがあります。
社名からじゃさっぱりわかりません。社名の頭に「IT(アイティ)」をつけることも考えたのですが、「そんな社名の会社、ごろごろいっぱいできるんちゃうやろか?」と思って、せっかく「あ」で始まる社名であるにも関わらず、これも見送りました。
WEBやクライアントサーバーのソフトウエア開発から始まって、いまでは、検索エンジンでの上位露出サービスやら、いままでのノウハウを元に、新規事業立上げのためのCRM(顧客情報の活かし方のコンサルやシステム構築)、ASPサービス(WEB勤怠管理システム )などをやっていましたが、最近ではプロフェッショナルCTOやプロジェクトマネジメントビジネスが中心になってきています。
IBMビジネスパートナー・ロゴ
:
「これはどうして持ってるんですか? あなたは元IBM社員だったのですか?」
交流会などで名刺交換していると、必ず聞かれますので、ご説明しておきます。 (最近は名刺から、あえてはずしています。業界の中では役に立つのですが、お客様には「すごいねぇ、高そうだねぇ」としか言われないんです)
IBMのハード機器販売の特約店がこのロゴを使っているケースが多いのですが、1990年代後半にIBMの制度が変わりまして、取り扱い商品がハード以外でもいいことになり、ソフトウエア開発会社でもいいことになりました。
2000年に米国IBM社と、国内ITベンチャーとして日本初のSIS協業契約なるものを交わし、2001年から、IBM PWDアドバンスド・ビジネスパートナーという位置づけになり、このロゴを使えるようになりました。
こういう説明を同じ業界の方にすると皆さん半信半疑で「すごいですねぇ」と言っていただけるのですが、「そんなのはありえない!」と100%否定される方もおられます。否定される方のほとんどは、日本IBMの地方勤務の皆さんです。そういう時は、契約書をお見せしているのですが、契約書をみた後は、まるで「水戸黄門の印籠」を見たあとみたいになってます。この契約の取次ぎ窓口は、日本の場合、東京箱崎にあります。この窓口の直属上司は米国IBM本社につながっています。つまり、非常にマイナーで、ありえない話が、2000年に向こうからやってきまして、その名残がこのIBMアドバンスドパートナーロゴになるわけです。その後、この契約に基づき開発した製品事例がIBM事例になったり、ソフトウエア事業部さんからDB2アワードをいただいたりしました。
過去事例 http://www-06.ibm.com/jp/software/data/casestudies/pdf/shimano.pdf
(当時はVCさんが列をなして弊社においでいただき名刺交換させていただきました。 しかし当時はベンチャーキャピタルさんやITビジネスのファイナンスのことがよくわからず、身近な個人投資家の方に、事業説明なしで出資いただいたのが現在の弊社のエンジェル株主の 皆様です。)
2003年4月現在、日本IBM社の資料によると、日本IBMの協業ソフトハウスが2500社あるなかで、アドバンスド・ビジネスパートナー以上の位置づけの会社は、51社しかないそうです。当社のポジションは上位2%の中に入っているということになります。当社がこのロゴを使えるようになった時は30社目と言われたので、少し増えているんですね。
このページを作ったのは2002年7月13日ですが、たぶん自社ホームページの中ではここがアクセス数トップになることでしょう。随時更新していきます。日記にするとだるいので、雑記録ということで。
2008/06/03 火曜日 07:57 更新 (↓が最新です)
ここ15年の時代の変化を考える。
この15年で日本の社会構造は大きく変わりました。不動産バブルでの巨大な不良債権処理と平行して日本は不景気になり、それを乗り切るべく様々な産業構造の転換を行ってきました。10数年の歳月の結果、日本は巨額な不良債権問題を乗り越えましたが、多くの産業での護送船団方式での成長を手放し、同時に終身雇用形態を放棄し、雇用機会均等と派遣と新興企業の拡大とインターネットと携帯電話。産業構造をひっくり返す雇用機会均等法と人材派遣法のセットが、終身雇用体制の打ち切りと多くのリストラを生み、新興企業の興隆と共に、格差社会を生み出しました。少子化とゆとり教育による若年層、就職氷河期世代の2極化、熟練労働者のリストラと定年。社会人で働いている層の厚みが薄くなり、外国人の活用なしに国が回らなくなる時代に入りつつあります。
このような時代にITソフト会社はどうあるべきなのか、色々考えます。
2007年を振り返る。
2007年は春から大阪でのプロジェクトが始りました。創業の地でもある西梅田界隈が仕事場です。この仕事を通して、オープンソースビジネスの進化やアライアンスパートナーとの手の組み方の変化などを学習しました。時代は成熟に向かっているようです。一番大きな収穫だったのは、ビジネスドメインと時代の変化の組合せによっては、参入障壁の低いように見える鉄板ビジネスモデルにも、大きな障壁が突然生まれるということでした。つまり、これからは先行者が不利だと思っていたビジネスが、いきなり有利に変わることがある。追われる者の立場にあるが、実は追いかける者のほうがはるかに苦しいケースです。逆はコンサル屋の教科書などでよくでてくる話ですが、先行者メリットの今まで気づかなかったことを多く気づかせていただいた年でした。
もしかしてこれが天職?かも?
器用貧乏になんでもこなすIT屋を始めて幾年月、もしかしてこれが天職なのか?と思える仕事を最近感じるようになりました。それは「プロフェッショナルCTO Only
Startup Case」 つまり、IT系ビジネスモデルの立ち上げ屋のCTO稼業です。 「道なきところに道をつくり、砂漠にレンジャー部隊のように降下して街を作る」、この際のIT担当CTO屋が楽しい、世の中のことがよくわかり、社会に貢献できるビジネスなのかもしれない、と思うようになりました。
2006年を振り返る。さまざまな実験をしてると・・・
創業から7年経過し、知らないところで有名になってくると、いろんなアライアンス話が持ち込まれる。オモシロイ話であっても、結果が成功となるか失敗となるかは、始める前には誰にもわからない。対価を最初に払ってもらえるのなら、いいお客様であるが、結果がわからない場合、「なんとか、この人をまきこもう」というアライアンスもあれば、発案者負担でお客様になっていただく場合もある。ただどちらのパターンにも共通しているのは、相手方は
詳細を詰めた契約書を交わすのをなぜか望まない。
『親しき仲にも礼儀あり』 たとえ実験につきあうのであっても、共々に参加するのであっても、あいまいな部分はなるべく明文化し、きちんと契約書を交わしてからのスタートとしよう。 たとえ実験であっても「ビジネス」であることに変わりはないのだから。
2006年で危うかったのは、もうちょっとで、投資顧問詐欺会社の設立時株主兼役員になりかけるところでした。相手先は、地球環境に貢献するビジネスと人材派遣ビジネスの会社
G社(大阪市)の社長さんでした。見た目は立派な紳士なのですが、気が短かく、お付き合いのあった2006年の夏には、シラフで
ファーストフード店の店長を殴って、大阪の曽根崎警察署員に暴行罪の現行犯逮捕された経歴を持っています。
殴った理由は、オーダーした品を持ってくるのが遅く、ヘラヘラしていたから、だそうです。
話によれば、若いときにも暴行罪で一晩警察に泊まった経験があるそうです。40歳後半にもなってシラフで暴行罪現行犯とは驚きです。他にも某マンションで大騒ぎして警察官数名に連行された経歴もあります。
この方とは、
会社設立直前に、彼がそれまで語っていた投資成功実績が実は大幅マイナスの成績であることがわかり、ご破算となりました。
警察連行暦が何度もあり、実績がマイナスしかないのに実績があるかのように語る投資顧問会社を作ろうとする人物に2006年の大半を振り回されてしまいました。
どうやら最初から私をまきこんでいいように使ってやろうとの思惑だったようで、私もだまされていたことがわかり、大もめしました。
法務マターとなりました。その後、この方は自分に有利な決着ができないことに気づいたのか、いろんなところで弊社の悪口を言っ
たりネット掲示板に書き込んだりなどの憂さ晴らしをしているようです。もし
弊社の事を悪く言う、ちょっと足の不自由な、小太りなおじさんがいたとしたら、その方です。ご注意ください。
ベンチャー社長の持つ辞書
「我輩の辞書に、『不可能』という言葉はない」と言ったのはナポレオンであったかと記憶しているが、昨夜、雑談の折、社長業をしている人の頭の中にある辞書も普通のサラリーマンとはかなり異なるというのを再認識した。ナポレオンのように「『不可能』という言葉はない」というのではなく、辞書の中に載っている(普通の人が認識している)言葉が存在する位置に別の言葉が置かれているという認識だ。例えば、「忍耐」とか「我慢」という言葉があるべきところには「当たり前」とか。こういう辞書を作って出版すると売れるかもしれない。
技術者による、オンリーワン志向のITベンチャー起業にあたって
事前にいっぱい準備することもあるが、その前に、何をどう考えるかが重要である。そんな時、参考になるであろうサイトがここです。このサイトの著者の方とは面識も交流もないんですが、1999年当時で先見の明のあるすぐれたコンサルの方と思われます。オンリーワン志向のITベンチャーの起業あるいは経営している方にとっては、とてもいいサイトです。
システムエンジニアのキャリアステップに関する考察
世の中にある職業で、システムエンジニアという職業ほど「鯉の滝昇り」的な要素の強い職業もないのではないかと常々、思っている。
例えば営業職であれば、「なにかを、売る」技術に長け、業績を上げての後は、部下をマネジメントする。駆け出しのときも一匹狼のときもマネージャーになったときも、求められる数字は「売上金額」「利益金額」である。
いわば、1つの定量的な指標による評価が一貫して行われる。
ところが、システムエンジニアの場合は違う。立場立場によって求められる数字が異なってくる。
テスターのときは、指示書通りの動きとSEとの連携能力。
プログラマーのときは、設計書通りの開発と独自創造性のバランスと納期。
設計SEのときは、忠実なユーザーヒアリングと掘り起こしヒアリングと独自創造性のバランスと納期。
プロジェクトマネージャーのときは、予算と納期と製品品質。
大雑把に言えば、「品質と納期」に追われている段階から、「すぐれた提案力+品質と納期」の段階、「すぐれた提案力+品質と納期+予算厳守」の段階と立場立場によって、指標が増えていく。
また一貫して出現する「品質と納期」も立場によって、その内容は様変わりしていく。
システムエンジニアが所属するサラリーマン社会において、これらの立場立場での評価指標や厳守しなければならない水準をクリアできたものだけが、その会社で出世していく。逆にクリアできなかった人からリストラされていくと言って過言ではなかろう。
社歴が長かったり先輩が多い会社においては、(大企業病にかかってるせい?もあってか)この立場毎の「鯉の滝昇り」で出世するたびに、劣化していくそれまでの能力についてはあまり気にとめない人も多い。
それまでの役割は、各自が所属する企業文化の中で、若手の後輩や協力会社にまかせばいいからだ。
こんな本当のことを言ってくれる会社はなかなかないのだが、IT業界の技術者を目指すのであれば、その道に入る前に理解しておいたほうがいい。
ITソフトウエア会社は色々な種類があるが、そのへんをわかりやすく説明したぺージは、ここ。 ITソフトウエア会社への就職・転職を考えている技術者の方には、一読をお勧めします。
エンジニア採用を前向きに始めます。
お蔭様でお仕事も多くなり、投資してくれるという事業会社やエンジェル個人投資家さんも増えてきましたので、ここで思い切って、エンジニアを増員します。弊社のホームページを見ていると、すごそう、ついていけなさそうと言われることが多いのですが、そんなことはありません。「Simpleな仕事に仕上げる」というのが一貫した設計方針であり、経営方針です。
システムエンジニアやプログラマーのキャリアステップを考えると、「目先が面白くて、かつ、将来もくいっぱぐれない」スキルを自分自身や経歴書に作り上げるのに、もっともいい方法を考えて、これまでお仕事を受注してきました。そのためか、少数ながらすごい技術者も育ってきています。でも、会社がそういう環境を意識して技術者に与えない限り、育たないのです。
技術者がどう育つかは環境に左右されます。年数もある程度は大事ですが、どのような質の場数を踏んできたか、逃げなかったか、正面から乗り越えて行ったか。これが実力と自信になっていきます。
弊社では常駐派遣と呼ばれる、SIベンダー先に常駐して、部分工程の開発を行うという仕事はほとんどありません。エンドユーザーさんと独自の営業手法でお近づきになり、エンドユーザーさん直のお仕事をしています。そのため、小さな仕事でも大きな仕事でも、(ユーザーニーズ+こちらからの改善提案)に基づくIT開発を、最初から最後までやっています。これらのお仕事のうち、基幹系システム開発は、日本IBM公開事例にしていただいています。つまり自分の開発実績がオフィシャルに公開されるのです。
前向きに、自身のスキルアップに繋がる、やりがいのある仕事に取り組み、かつ、それが公開事例になっていく。またそこで醸成されたスキルを持って、自社パッケージの開発を行い、新たなITソリューションを作り上げていく。これが弊社の開発エンジニアの業務です。
東京から大阪にUターンしたい方、歓迎しています。
東京でそのまま働き続けたい人も、大阪でそのまま働きたい人も、たまには海外で働きたい人も、歓迎しています。
自分がいたい場所で仕事をする。ちゃんとできるようにしていきます。
甘やかすようなことは致しませんが、あなたの経歴をブラッシュアップできる仕事と将来を、ご用意したいと考えております。
最近のイベント:
2005年10月の雑談
世の中は、もう秋である。10月のいいニュースといえば、阪神タイガースの優勝と弊社の役員のテレビデビューである。関西ローカル限定であるが、毎週土曜日夜6時から、サンテレビで放映されている。関西の新興企業の社長を招いてのトーク番組だ。土曜日の新聞のテレビ欄をみていただいて、サンテレビの18時からで「サクセス」と書いてあるのがそれです。 この番組は、関西・大阪のベンチャー経営者との対談トーク番組になっています。
2005年7月の雑談
世の中は、もう真夏である。今年は
というノーネクタイスタイルがお上推奨になったので、弊社も全員ノーネクタイである。一番お気楽な格好をしているのは、社長である私らしい。近所のスーパーで安くて気軽な服を買っただけで何も考えていないのだが、会う人すべてに驚きの目線で『
ですか!』と聞かれる。
夏と言えば、春先に弊社にインターンにきていた短大生の就職活動結果が出るときでもある。今年も第1志望の企業に内定をいただけたそうだ。毎年インターンの受入れは積極的に行っているのだが、学生さんが自分が希望する進路を希望通りに進めて喜んでいる姿を見るのはほほえましい。
インターンといえば今年から採用基準を厳しくした大学が1校ある。その学校は弊社がインターンシップを採用したときからきてくれている神戸の学校なのだが、昨年夏、某公的機関の紹介できた学生がなぜか勘違いしていて、【優れた実績のある】大学の学生さんだったから軽い審査で採用したのであるが、インターンシップ業務に対する不満タラタラの上、某大学生だったからインターン採用した旨を告げると、大学名評価で採用するなんて侮辱ですと怒り出したのである。先輩たちが実績をだしたがゆえに後輩の道が開けているにもかかわらず、それを感謝することなしに、自分の評価ではないことを怒るとは! 私のような3流私立大学卒業組にとっては、先輩が実績ベースで道を拓いてくれることに対し、感謝しありがたいと思うのに、最近の神戸の国立大学生は勘違い者が多いのか?! と驚きであった。
そのため、この学生さんを紹介してきた某公的機関には今年の夏はインターンシップ学生紹介を依頼しなかった。今後は自由応募と学校推薦しか受け入れない。昨年の勘違い学生が閉ざした後輩への道はとても大きいものがあると思うのは私だけだろうか?
その点、春先インターンにきてくれる某短大の学生は、毎回終了時に、「また来年も、当校(きりたん)をよろしくお願いします。」と言って終了していく。
エライ違いや。
こうやって、大学の伝統が作られていくのかと思うと、、、、エライ違いや。。。。
このページをみている企業採用担当の皆様、大阪の短大で、[大阪キリスト教短期大学]というところがあります。ここの学生さんは、優秀で礼儀正しく勤勉で才色兼備でっせ。私のオススメです。
2005年2月 大阪にいます:
仕事の関係で、2月3日からほとんどずっと大阪におります。
2004年11月 東京別宅:
11月13日に東京別宅オープン。なにかに背中を押されるかのように、色々なことがトントン拍子に進みまして、借りることになりました。東京の港区六本木というところです。喧騒エリアを避けて、ちょっと離れたところ、でも駅近徒歩5分 の初期型タワーマンションです。家賃は大阪と同じくらいでしたが、初期費用は格安、築11年という物件で、全部で180戸入居できるのに、なんと70戸も空いています!
2004年8月 大阪本社移転:
2年ちょっとぶりの大阪本社の移転を行いました。これまでの肥後橋から、川を3本越えて、江坂に移りました。周辺には仲の良い会社や取引先も多く、伊丹空港や新幹線にも近いので出張にも便利になりました。オフィスはサラリーマン時代に働いていた時のような、リッチなビルになりました。(賃料はたいして変わってませんが)
事務所を移転すると、よくモノが壊れるのですが、今回はADSL回線用モデムが壊れました。NTTレンタル製品なので交換のみの、費用出費なしですんだので不幸中の幸いでした。移転後、色々な、昔からのモノを捨てまくっていますが、なかなか片付きません。
江坂というところをご紹介します。住所は大阪府吹田市江坂町。大阪市では、ありません。「大阪にあるけど、いまの大阪らしくない、東京チックな街。」「(都市計画屋にいわせると)フワフワした、エアスポットのような街」「多くの有名ベンチャー発祥or急成長の地」ということで、伝統あるベタな大阪の街より新興のスマートな大阪の街が好きなので移転することにいたしました。
本社の移転は、しょっちゅうしており、(1)大阪市北区曽根崎新地2丁目(西梅田徒歩2分)→(2)大阪市北区中之島3丁目(肥後橋徒歩8分)→(3)大阪市西区江戸堀1丁目(肥後橋徒歩1分)→(4)大阪府吹田市江坂町(江坂徒歩1分)、というふうに転々と移転してきました。
ひさびさの海外旅行:
2004年4月上旬の旅 2004年7月上旬の旅
時差出勤
2004年4月の1ヶ月だけ、朝の始業時間を30分遅らせることにしました。終業時間は同じです。つまり4月だけ労働時間が毎日30分少ない。減らした分は決算月の翌月と翌々月に15分づつ割り振ることにしました。
4月は、新年度&新学期の始まりであり、電車が混む。新卒採用の就職活動の時期でもある。なぜかゴールデンウイークを越えると混雑が緩和するので、4月だけ時差出勤としました。「春眠、暁を覚えず」という言葉があるように、ただでさえ眠たい時期に、混雑率が年間ピークになる。朝の電車で疲れていては愚の骨頂というか、エネルギーも無駄である。私個人は、もうジジイなので、明け方におきて通勤は自転車か、電車でも乗ってる時間は5分しかないので満員電車とは無縁なのでどうでもいいのだが、お金をかけない福利厚生の充実&エネルギーロスの低減である。
この分野について、グーグルで適当に探して見ると、面白い論文が見つかった。大阪大学の先生が書いた論文で、東京のJR中央線をサンプルとして、通勤時のピーク混雑率を低下させるために、混雑がピークの時だけ、通勤定期代を値上げする理由と適正推奨価格を算出している。この論文の面白いところは、
(1)混雑する電車に乗ると疲れる。(2)疲れると回復する時間が必要になる。(3)郊外は家賃が安いので得してる。(4)もうこれ以上、混む時間帯に乗ってくるんじゃねぇ!、、、だったら全部精算してみようよ。。。という論点で計算式が組まれ、最適化料金を算出している。全部で25ページあるので、興味があって、お暇な方は、読んでみることをお勧めします。
通勤の疲労コストと最適混雑料金の測定 PDFファイルなので読むにはアクロバットリーダーが必要。
この時、ついでに調べた混雑率に関する資料は下記にまとめています。
大阪街角ウォッチング
私の趣味?で、「街を眺める」というのがあります。普段いる街である大阪の風景をご紹介します。
2005年春先の大阪のマンション販売業者
最近のマンション販売業者の売り方が変わってきました。2〜3年前は『割安ですよ』という売り文句が、『地価が上がってきていますが、この物件は安いときに土地を仕込んだのでお買い得です。こんなよい立地はもう出ませんよ』というのに変わってきました。不動産業者が仕入をする都市別順番は、東京→名古屋・福岡→→→もうええとこないから大阪、、、という順番らしいのですが、とうとう不動産ミニバブルが大阪のマンション販売にもきたのかというところです。
2004年夏から秋にかけての大阪の地下鉄
どういうわけかはわかりませんが、四ツ橋線・御堂筋線の混雑率が上がっています。混んでるというのではないのですが、乗客数が増えているようです。別の路線を使っている人に聞いてみると、やはりJR系も人が増えているそうです。阪神優勝の翌年は大阪の景気はよくなるというのは、本当みたいです。ここ10年ほど、毎年電車から人が消えていたのに、今年は反転。大阪の景気は2004年夏に底打ちしたと思っています。
ちょうど心斎橋や西梅田界隈に高級ブランド店が増えてきたのと同じタイミングです。誰がコンサルしているのかわかりませんが、外資高級ブランド、恐るべしというところでしょうか。
2004年1月の大阪ミナミの繁華街と年末の法人状況
1月3日4日、ミナミの心斎橋筋などの繁華街は人でいっぱいだった。昨年より多いように感じた。ちょっと変わってるのは、心斎橋筋のメインストリートに、ディズニーショップ1軒と、女性下着ショップが2軒できていることであった。
心斎橋のOPAは、普通に店内に入るのに、4日のお昼の時点で、50メートルくらい並んでいた。
これは景気回復の兆しだろうか? 1月になってから知り合いの税理士さんに、「年末はどうでした?」と尋ねると、売上の未納分が、年末時点で例年の2倍を超えているという。つまり、税理士への月額顧問料5万円前後を支払い滞納している会社が、昨年の2倍あるということだ。大変面倒見のよい税理士さんのところでこれなので、個人消費は上向きしてても、法人景気は予断を許さない状況にあるということだろうか。
2003年12月の大阪市のオフィス補助金制度と東京の街角
東京にいる人にはわからないかもしれないが、大阪から東京に出張で行く営業マンが自覚体験していることがあります。それは、「東京の街は、キラキラしている」ということです。単に人が多いというだけではなく、オーラでキラキラしているのです。たまたま、お日さまがまぶしかったとかいう冗談ではなく、街がキラメイテいます。
御堂筋線オフィス入居に、大阪市が補助金を出す制度が始まりました。(2004年1月末日締め切り)
オフィスビルオーナーの救済策でしょうか。坪4620円の補助金です。15坪までのオフィス需要なら最大効果があります。たぶん、公営インキュベーション施設は手狭になった。出て行きたいが費用は節約したい。いっそのこと、東京にでも行くか、という会社の引き留め策かもしれません。本社の中枢機能の入居が条件に入っています。ビルの立地などを考えると、たぶん締め切りは来年度にずれこむんじゃないかなぁ。。。来年度でも埋まらないかも?
賃料が坪6600円以上の場合で初めて制度が使えるので、共益費が高めで賃料が安めのビルには適用してもメリット少なそう。急成長のベンチャー企業にはいいかも?
| 補助内容 | ||
| (1) | 入居するオフィスの賃料と大阪市インキュベーション施設との差額・・・1年間 賃料が1m2あたり@2000円を超えた部分の、1m2あたりの限度額 1400円(月額限度額:7万円) |
|
| (2) | 光ファイバーケーブル導入工事費 限度額 5万円・・・1回限り | |
2003年10月の大阪の営業マン
道頓堀川に飛び込む人が多数出た翌月、弊社にやってくる営業マンにタイガース効果が出たのか、一様に強気に変わっていました。社長、じゃなくて、イチ営業マンなのに、「このまま大阪、終わってられませんで」という前向きなセリフが出てくるのである。もしかしたら大阪の景気は底打ちしたのだろうか? それともダマシかな?
2003年9月の道頓堀川、阪神タイガースの優勝前後
道頓堀川というと、ドブ川である。しかし、なぜか5300人も飛び込んでいる。阪神優勝で。阪神タイガースのユニフォームに似たダイバースーツを着込んでいる用意のいい人もいたが、大半は裸で飛び込んでいる。これがとても臭い。10メートル近づくと、もうたまらない匂いであった。
この阪神優勝前後の心斎橋筋の人出はすごかった。まるで日曜日の渋谷のように、混んでて歩けないのである。優勝当日は、近くのアメリカ村から、やんちゃな連中の姿が消え、この川の周囲で騒ぎまくっていた。アメリカ村には事情を理解していないナンパ目的の黒人が数人たむろしているだけで、ほんとに人がいなかった。もしかしたらアメ村アソビ人連中が先頭に立って、飛び込んだり、はしゃいだり、していたのかも、しれない。
2003年8月の四ツ橋
四ツ橋というと、オフィス街と若者の街(アメリカ村や堀江や南船場)などが混在するところである。夕食を食べに吉野家に行ったところ、珍しいものをみた。「食い逃げ」である。
高校生くらいの、唇にピアスをした高校生くらいのヤンキー2人が、やたら丁寧なのだ。店員にお茶を持ってきてもらって「ありがとうございます」とか言っている。うーん、あやしい。何者だ。と思いながら、私はさっさと会計を済ませて外に出るとまもなく、その二人組みが全力で走り去り、その後、「マテー」という声が聞こえる。「ん?やったか?」と思っていると、女性店員(中国人バイト)が後を追いかけていく。二人組みはアメリカ村の中に逃げ込んだが、ここに逃げられるともうわからない。店員は途中まで追いかけたが諦めてもどってきた。「食い逃げゲーム」がアメリカ村に隣接する吉野家を舞台に流行っているのだろうか? 前払い食券制にすれば防げるのにな。
ちょうど事件発生の時(8月23日土曜日20:46)、東京の知り合いとメール交換していたので、「目の前で吉野家食い逃げ発生」とメールすると、「さすが大阪ですね」と返って来た。どこでもあると思うのは私だけだろうか?
2003年5月の淀屋橋の18時頃
淀屋橋というと、大阪一のオフィス街である。東京で言えば、丸の内に相当する。財閥系の住友グループ系企業が固まっているエリア(住友村)や日本生命やUFJ銀行の大阪本店などがある地域である。このオフィス街の夕方18時過ぎに、あるカフェで、夕方ビールを飲んでいました。ちょうど時間が18時だったので、帰社ラッシュの時間帯です。どんな人が歩いているんだろう?と思って、地下鉄出入り口が目の前にある、カフェで眺めていると、びっくりしたことがありました。いまから10数年前、私がふまじめなサラリーマンだったころ、このエリアで働いていたのですが、当時と比べると、
1) 50歳60歳以上の嘱託と思われる、オジサンたちがほとんど歩いていない。だれかの歌詞じゃないが「どこへいった〜?」というほど、いないのです。
2) 若い女性の数が少ない。昔はもっと歩いていた。絶対数が減っています。
3)そもそも歩いている人が少ない。絶対数が減っています。
2003年7月はじめ、東京に来てみると、オフィス街を昼間、歩いている人の数が増えています。ランチタイムでも出社退社時刻でもないのに、なぜこんなにいるのか?と思うほど、ウロウロしている人の数が多かったです。
2003年4月の地下鉄梅田駅の朝8時頃
普段は徒歩通勤なので朝のラッシュ時に、大阪一混雑している地下鉄御堂筋線に乗ることはないのですが、たまたま朝から客先打ち合わせのため、乗り合わせました。時間に余裕があるので、地下鉄梅田駅のベンチで、8時から15分ほど、電車の混雑具合を見ていました。
あきらかに人が減っています。10数年前のサラリーマン時代と比べても、あるいは5年ほど前と比べても、減っています。どのくらい減っているか?というと、まず、乗車規制がなくなっています。以前は、ホームに人があふれかえるので駅員がいて、ロープを張りながら乗車規制&誘導していたのですが、それがなくなっています。電車の混み具合も、以前は何本見送ってもガチガチに混んでいたのですが、いまは飛び込むように最後に乗る乗客でも、体が密着しておらず、隣の乗客との間隔が空いているのです。
以前から、4月、夏休み前の7月、夏休み後の9月は、なるべく御堂筋線の混雑率を観察していたのですが、2003年4月の混雑率は、5年前の9月並みに少なかったというのが実感です。
一体、皆さん、どこに行ったのでしょう?
【統計資料など、検索エンジンでの調査結果】
2004年分:
これを見ると大阪府税(法人の税金)は毎年800億円強減っている。
ところが、大阪府は、毎年税収が回復するものという前提で計画を立てている。
地盤沈下が叫ばれて久しいのに、さすが「お役所」というべきか。
「例えば、トヨタ自動車とその子会社は昨年(2003年)の4〜9月だけ(半期)で7677億円の経常利益を上げた。これは、大阪府の今年度1年分の実質税収入に匹敵する。」ここをクリック
これが名古屋が景気がよくて、大阪は不景気の裏づけ数字である。
ある人に聞いた話では、梅田から難波までの御堂筋沿線にある大企業で本社機能が大阪にあるのは、ヤンマーだけ、らしい。本社機能があるところでしか契約できない業種の人だったので調べて歩いたそうなのだが、恐るべき数字である。
「新しい知恵」というソフト・ノウハウを持っている会社の営業は、本社と契約しなければならないから、本社がいっぱいあるところに集まる。大阪はこういう状態なので、「知恵」を持つものはある程度の規模になると大阪を離れる。きちんと方程式が出来上がってしまっているのだが、どうして行政は無為無策なんだろう? 毎年800億円税収が確実に減るのなら、それを5年分見込んで、「大企業限定、法人税4000億円ゼロ・サービス」とかやったら、戻ってくるとこもあったりして。戻らないでも、出て行くのを中断するかもしれないし。
2003年分:
下記は、検索エンジンで「大阪の失業率」を探してみつけた、ある大阪府会議員のレポートです。
1996年から2001年の5年間での統計です。
大阪の事業所は、5年間で9.6%減りましたが、本所・本社・本店の減少率は33.2%と、激減です。
減った数は11000本社です。このあと、住友グループと松下グループの本社東京移転、そごう・マイカル・雪印乳業・日本ハムの商圏大幅縮小がありました。いまは、いったい何社あるんでしょう?
http://www.goodynet.co.jp/~bunchan/fusei-tayori/056/image7.jpg
http://www.goodynet.co.jp/~bunchan/fusei-tayori/056-2.html
2001年から2003年にかけて、率的には、たぶんもっと減っているような気がします。
私が観察している、地下鉄御堂筋線の混雑度が急速に落ちているからです。
1996年を起点としたら、仮に同率であったとしても、2年で4400社。
私の予想ではたぶん6000社は減ってる感じがします。
96年に31000本社あったのが、半分以下の15000社以下になっているはず。
そりゃ電車の混雑率も緩和されるはずです。
本社が集中するのは、梅田、淀屋橋、本町、周辺ですから。
稼ぎ頭が、会社も人も、加速度をつけて流出していっているようです。
人が減った分、住みやすくなればいいのですが、犯罪検挙率は2002年で13%。
平均寿命は全国平均を下回っています。
http://www.goodynet.co.jp/~bunchan/fusei-tayori/050-2.html
減ったといえども、それなりの人口のいる街で、どこをマーケットとして見ていくのか。
考えどころです。
でもきっと、「へたな考え、休むに似たり」。
東京に行って動くほうが効率いいので、みんな行くんでしょうね。
2004年分:
グーグルで「通勤 首都圏 混雑」「通勤 東京 混雑」「通勤 大阪 混雑」で調べて、面白いと思った資料である。
個人のページ:首都圏と関西圏の比較ページ みづらいが、大阪のほうが混雑率が低いのがよくわかる。
読売新聞:むかしの大阪の通勤ラッシュの光景
内閣府政策統括資料:ひとめでわかる地域別混雑率 輸送力強化がきちんと実現されているのがわかる。
総合政策局交通消費者行政課:PDFファイルによる詳細資料の掲載
この時間どっとこむ このネーミングとURL。。。 上記PDFファイルの内容をわかりやすくした統計資料 しかしなぜか、首都圏の私鉄データは急行とかではなく、各駅停車でデータを取っている。
2004年の新しいサービス
2004年は1月から、新聞紙面に弊社の製品紹介記事が載っていました。2000年の春から、地道にやってきた、WEB勤怠管理システムのASPサービスの新バージョンの発表記事です。お蔭様でこれまでに蓄積されたノウハウを元に、業種業態別バージョンをサービス開始できるようになりました。勤怠管理という分野は、会社の社風がモロに反映されるITシステムであるため、カスタマイズ余地が大きく、なかなか標準仕様をまとめきれないため、パッケージングしにくい分野なのですが、そのあたりをなんとかまとめることができるような、ノウハウがたまってきましたので、製品化し、発表に踏み切りました。当然、日本初です。(もしかしたら、世界初かも)
勤怠管理の対応端末も、昨年までは、パソコンや携帯電話のブラウザのみ、でしたが、昨年後半に開発を行い、たいがいの入力端末を使えるようになりました。パソコン接続バーコードリーダー、パソコン接続指紋認証リーダー、携帯接続バーコードリーダー、NTTドコモ携帯電話内蔵2次元バーコードリーダー、などです。
今年の春には、ソニー社の非接触ICカードである、FeliCaにも対応する予定です。
弊社の製品紹介記事:
1月7日付け 日刊工業新聞朝刊 第9面
1月9日付け 毎日新聞 WEBニュース
2003年分:過去のイベント:
2003年に取り組みはじめたこと
検索エンジンのヤフーやグーグルなどで、あるキーワードで検索して、トップに表示されると来客が増えます。今までそんな対策をホームページにするのは当たり前のことだと思っていたのですが、実はこれがビジネスになるということがわかったので、力を入れるようになりました。
グーグル検索で、「採用 大阪」で、416万件中、第6位(法人別では第4位。大阪市職員、大阪ガス、大阪府警察、シーサイドワンという順番になってます。2003年10月8日現在)。
採用をインターネット経由の応募に、一本化しつつあります。
【以下、自分で使うリンク集】 更新:2008/06/03 火曜日 07:57
(ITコーディネータ)
(その他)
(以上、ここまでです)